先輩との会話


卒業してから時間が経つと、歯科に関して熱く語ることも段々なくなるものです。数年前にクラブの先輩と
話をすることがありました。歯科医師は自分の技術、知識、に自信を持っているモノです。

そこでの会話

 私 「先輩の歯科治療の目標って何ですか?」

 先輩「理想の咬合を与えることです。」

先輩は、補綴科出身です。補綴と言うのは、入れ歯とかブリッジとかを専門的に行う科です。
はは〜、違うなぁと感じました。

この様な、抽象的で漠然とした話を一言で語ることは不可能です。深い意味、広がりがありますから、
受け取る方の能力も問われると言えるでしょう。

良い噛み合わせを維持、構築するには、当然、歯並びは良くなければならないし、歯槽膿漏の予防、管理も
必要です。精密な削り方、型の取り方、技工物の精度、色々と要求され、それがベーになって始めて実現する
と言えます。ですから、理想的な咬合、すなわち機能と形態を確保することは、大変ですし、目標として素晴らしい
ことであります。


でも、やっぱり、私は違います。もし、あの時、逆に聞かれたら

「自分の歯をできるだけ失わないで、快適な食生活を行えること」

と返答したと思います。じゃ、入れ歯やブリッジはどうでもいいのか?と聞かれれば、それは違います。当然
大切なんです。でも、歯を失わない様にすることの努力、難易度に比べれば、歯科医師サイドの学習、努力、環境の整備
で購える補綴に対して、多くの方に歯を失わない様にしてもらうことの方がずうっと大変なんです。それをやってみれば
如何に大変かが分かります。

なぜ、違うなぁと思ったのは、そのアプローチを如何にしているか?の差を感じたからなのでありました。
果たして、先輩は、いつも来られる患者さんに、どれくらい歯の大切さを表明し、必要なブラッシングのやり方、やる気の出る
話、そして評価を行っているか?歯を治すより、悪くしない方が重視されていいと思うのであります。

ブラッシング指導は、保険でも評価が高くありません。
それ程興味が無い人が、歯の大切さを感じ大切に思ってくれるにはどうしたらいいか?
自覚症状の無い歯槽膿漏の患者さんに、どう効果的な治療とメインテナンス行えるか?
人生80年になった今、大きな義歯を使う時期をどうやったら先送りして、自分の歯で噛める様にするか?
仕事で忙しくて、治療もおぼつかない社会人の人に、治療とメインテナンスをどうしたらやってもらえるか?

力及ばず、いつも葛藤があります。
素晴らしい噛み合わせ、立派な補綴物なのに、歯槽膿漏で丸ごと抜かざるを得ないことがあります。
何故、こんなに素晴らしい補綴物が入っているのに、歯槽膿漏の処置が行われていなかったのか・・

噛み合わせは、咬合と言い、学問的にも重要です。

でも、歯並びが悪くて、決定的に食事に困るでしょうか? 相当困る人もいる事は確かです。
噛む力にはどれくらい個人差があるかご存じですか?
噛む時間はどうでしょう。食べ物の差はどうでしょう。
よい噛み合わせの補綴物でも、それがどれくらい長く使えるかは、噛み合わせの精度によるモノでは
ありません。何が依存するのか?
歯を失う程の虫歯になってしまうのはどんな状況か?
いい補綴物でも、歯槽膿漏が進めば寿命は根の寿命に左右されます。
いい補綴物だから、長持ち、ってのは、一部当たっていますが、一部無関係なのであります。

多くの人にとっては、虫歯、歯槽膿漏で歯を失わない様にすること

これが、大多数の方の歯科領域の健康にとって最も大切なことだと思っています。

考えてみてください。
もし貴方の歯が殆ど虫歯にならなかったら。
歯槽膿漏で歯がグラグラにならなかったら・・・

治療より大切なこと 最も価値があるけれど、実現が難しいのが予防であります。
高度な要求への答えはその次となるでしょう。

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