| 2週間のバイクツーリングだなんて、なんと素晴らしいのでしょう。
私などは今週5か所の診療科です。おかげさまで、ちょっとずつい
ろいろとよくなってきてはいますが、通院箇所が減る気配はありま
せん。
さて、わがX1ですが、だいぶ慣れてきました。「何に慣れた」かと
いうと、車部分以外です。音声入力と手入力の使い分け、自動駐車
が得意なところと不得手なところ、運転支援によるカーブの曲がり
かた(無造作に依存すると、反対車線に飛びだすことがある)、自動
運転と信号との関係、渋滞時の自動運転(コツ)、俯瞰カメラや近接
カメラの自動起動タイミング、ナビ、オーディオ、諸設定のやり方
(けっこう音声でやった方が楽な場合がある)、自動ハイビームと対
向車などなど・・・。車の走行性能とは別のところです。
別の言い方をすると、まずは車に任せる、それが不得手なところは
深追いせず積極的に人間が行う。そうすると、実に快適です。ナビ
も、つねに使うようにすると、さまざまな点で車が便宜をはかって
くれます。スマホは必携。これがあれば、もう寝床にいるときから
行き先からエアコンから、車をスタンバイできます。
当初「どうでもいい」と思っていたものばかりですが、なとなとど
うして、慣れてしまえば、それはそれは楽です。そのいみでは「と
てもよくできた」車に違いはありません。でも、とてもよくできた
「車」と言ってよいかどうかは。。。。まあ、ある時代コンピュー
タは、性能のよい機材より、つながるサポートセンターを備えた方
が、「上質」とされたこともありました。LPジャケットがなくな
りCDが主流になったとき、あの大きな絵が懐かしかったですが、
いまやCDの「絵」すら懐かしく思えます。棚いっぱいのLP→箱い
っぱいのCD、いまメモリサイズとはスマホ画面で見る「絵」でよ
しとするのでしょうね。それもまだデータという「所有」にとらわ
れていて旧いのかな。でも、車はシェアではなく、所有。ペダルの
高さやシートを調整したり、磨き込んだり、あるいは敢えて走り傷
を残しておいたり、そしてなにより音と振動を感じ取るアナログ感
覚の粋だと思うのですが。
もっともX1のディーゼルのトルクは、良い仕事をしてくれます。
ボディの四方の端にプロテクターを貼り、(ひょっとしたら)AT
タイヤを履かせ、折りたたみの椅子とコーヒーサーバーを携え、
老身故に車中泊は諦めて温泉宿に泊まる、気ままな旅にをしよう、
という気にさせてくれます。もはやランクルプラド90では、身体が
持ちそうもありませんでしたが、この車ならなんとかなりそう。して
くれそう。シートもよいし、音も静かだし、一度満タンにすれば1000
km超走ってくれるのでスタンドの存否を気にしなくてよさそうだし、
5m超えの銀CLより、フェリーも安いし。いまの仕事に一段落つけた
ら、その次にかかるまでの間、自分にご褒美をあげる旅の友になるか
なと、感じています。けっして「最高の車」ではないし、「車として
最高」でもありません。そのいみでの高揚感はありませんが、けっし
て突出することはないのだけど、バランス良く良い道具を感じさせて
くれる高揚感はあります。
老いていく自分とともに、時間を送っていくには、なかなかよいので
はないかと、つまり、失われていくものを追いかけたり、加齢に追い
かけられたりする感覚から放たれた感じです。なにかを見て「わくわ
く」してた感覚が、いちまいヴェールの向こう側にあるような、なに
か不思議な気持ちです。つれづれなるまま
|
|